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2017/10/28

映画_ブレードランナー2049 感想(評価/★:4) ~“We are like a snowflake, all differentinour own beautiful way.”~【映画レビュー】

映画『ブレードランナー 2049』予告3

これ"が知られたら、世界は滅びる―。 その秘密を探る新旧ブレードランナー2人が"追う者"から"追われる者"へと変わる。 次第に明らかになる、2049年の未来とはー。 映画 『ブレードランナー 2049』 10月27日(金)公開 公式サイト:http://www.bladerunner2049.jp/ 公式Facebook: https://www.facebook.com/BladeRunnerMovieJP/ 公式Twitter:https://twitter.com/bladerunnerJP

映画 ブレードランナー 2049 


◆ブレードランナー2049 鑑賞◆


評価/オススメ:★★★★
(ブレードランナーの続編ではなく、単体作品で成立させても良かったかも)

文月的採点(42/50点)
この作品ジャンルは?:サイエンス・フィクション

オススメしたい人は?:これは実は非常に難解で玄人向けだと思います。
『で?何だったの?』と思われる方も多いかも。

印象を一言で?:良くも悪くも『ブレードランナー』の呪縛は恐るべきもの。
むしろ『ブレードランナー』の続編だと考えないで観た方がいいでしょう。

グロテスクですか?:生命とは美しくも、醜いものです。


◆synopsis◆


2049年、貧困と病気が蔓延するカリフォルニア。
人間と見分けのつかない《レプリカント》が労働力として製造され、
人間社会と危うい共存関係を保っていた。

 危険な《レプリカント》を取り締まる捜査官は《ブレードランナー》と呼ばれ、2つの社会の均衡と秩序を守っていた―。

LA市警のブレードランナー“K”(R・ゴズリング)は、ある事件の捜査中に、
《レプリカント》開発に力を注ぐウォレス社の【巨大な陰謀】を知ると共に、
その闇を暴く鍵となる男にたどり着く。

彼は、かつて優秀なブレードランナーとして活躍していたが、
ある女性レプリカントと共に忽然と姿を消し、
30年間行方不明になっていた男、デッカード(H・フォード)だった。

いったい彼は何を知ってしまったのか?
デッカードが命をかけて守り続けてきた〈秘密〉―
人間と《レプリカント》、2つの世界の秩序を崩壊させ、
人類存亡に関わる〈真実〉が今、明かされようとしている。


※公式HPより


本作品により深く入り込むために、渡辺信一郎監督をはじめとするクリエイターによって製作された3編の前日談もぜひご覧になられてから、劇場に足を運ばれることをおすすめします。
↓↓↓
渡辺信一郎監督作品 「ブラックアウト 2022」

【渡辺信一郎監督による前奏アニメ解禁!】「ブレードランナー ブラックアウト 2022」

『ブレードランナー2049』へ至る、空白の30年間。2022年に起きた大停電<ブラックアウト 2022>とはー? 『カウボーイビバップ』『アニマトリックス』『サムライチャンプルー』などを手がけ、日本のみならず海外でも高い評価を得続ける渡辺信一郎監督が『ブレードランナー 2049』の制作スタジオであるAlcon Entertainmentからオファー受け、短編アニメーション「ブレードランナー ...


ルーク・スコット監督作品 ※リドスコのご子息!!です。
「2036:ネクサス・ドーン」・「2048:ノーウェア・トゥ・ラン」」

【『ブレードランナー 2049』の前日譚】「2036:ネクサス・ドーン」

『ブレードランナー2049』へ至る、空白の30年間。 デッカードが恋人の女性レプリカント《人造人間》と共に姿を消してから17 年後、2036 年の世界。そこでは、レプリカントの新たな創造主となる科学者ウォレス(ジャレッド・レト)が、<巨大な陰謀>を目論んでいた―― 『ブレードランナー』を監督した"SF 映画の巨匠"リドリー・スコットの息子、ルーク・スコットが監督を務めた短編を公開! ...

【『ブレードランナー 2049』の前日譚】「2048:ノーウェア・トゥ・ラン」

『ブレードランナー2049』の舞台である2049年の一年前、2048年の世界―。 ロサンゼルス市警は"ブレードランナー"組織を強化し、違法な旧型レプリカント《人造人間》の処分を徹底していた。軍から逃げ出し、この街にたどり着いた旧型の違法レプリカントであるサッパー(デイヴ・バウティスタ)は、トラブルを避け静かな暮らしを送っていたが ...


◆comment◆


日本では2017/10/27より公開です。

わたしは本日の朝、映画館に駆け込みました。

意外や意外、女性の方も多く客席に座られていたのが印象的でした。



リドリー・スコットは純粋な意味では映画監督ではないとわたしは個人的に思っています。

あの方は監督というよりも、
極度に神経質で創造的な『世界構築厨』
なのです。

まず語りたいストーリーがあって、舞台を付け加えていく。

彼はそうした手順ではなく、

まず圧倒的なまでに創り上げられた舞台があって、
その中でストーリーが必然として展開する。

こんな気難しくて繊細な彼だからこそ可能な
『ぐうの音も出ないほどの構築美、虚構美』
それが彼の『映画』なのです。

エイリアン(1979)、ブラック・レイン(1989)、白い嵐(1996)、グラディエーター(2000)、ブラックホーク・ダウン(2001)、キングダム・オブ・ヘブン(2005年)、プロメテウス(2012)、オデッセイ(2015)、エイリアン・コヴェナント(2017)・・・
(あ、エクソダス入れるの忘れた!)

彼の手がけたこれらの作品が他を寄せ付けないところがあるとすれば、徹底的に、
それこそスクリーンに映る埃ですら『その世界』に存在するものであると言って憚らない姿勢です。

彼ほど『虚構』と『現実』の境界線を曖昧にさせていくことにこだわる監督は、なかなかいません。

まずはじめに「世界」あり。


ここに上げた作品はどれもが、
物語以前にスクリーンの中で成立している『もうひとつの完璧な虚構の世界』であって、
わたしはそれだけでもご飯3杯は食べられます的な「映画のメインディッシュ」なのです。

つまり、物語の装飾として舞台があるのではない。
そういう『世界』なら当然展開するであろう物語をわれわれに観せて(≒魅せて)くれる。
そんな監督です。

ハレルヤ。

そんな彼がまだ映画監督として駆け出しの頃に創り上げてしまった『呪縛』の根源が、
当時は「なんじゃこの訳の分からない作品は?」と酷評された
ブレードランナー(1982)なのです。


映画 ブレードランナー ハリソン・フォード



この時代、わたしたちの「いわゆるゴリゴリのSF」の基礎(≒呪縛)を確立させてしまった天才が何人かいます。

リドリー・スコットは間違いなくそのひとり。


彼の呪縛とドゥニ・ビルヌーヴ監督はどのように向き合うのか、非常に楽しみでした。


しかし、ドゥニ・ビルヌーヴ監督
見事なまでに『ドラマ』にしてしまっていましたな(汗)


「複製された男」(2013)並に強気な姿勢を期待していたのですが
(あれも消化するのにえらく時間がかかったものです)

映画 複製された男 ジェイク・ギレンホール


個人的には押井守監督あたりが製作してもよかったのではないかな。
やらないか、マモさん。

ところで、
「ブレードランナー」
というタイトルの由来をご存知でしょうか??

もともと本作の原作はフィリップ・K・ディックの伝説となった名著「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」というもの。
原作をご存じない方のためにwikiをpostしておきます。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? - Wikipedia

8人のアンドロイドが火星を脱走して地球に侵入する。2人はサン・フランシスコ警察署主任のデイヴ・ホールデンにより処理される。アンドロイドのマックス・ポロコフは、デイヴ・ホールデンに重傷を負わせ、逃走する。サン・フランシスコ警察署のハリイ・ブライアント警視は、部下のリック・デッカードに、残りの6人の処理を依頼する。デッカードは、バウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)なのだ。デッカードは、逃走したアンド...

まぁ、ディックの作品はあくまでも原案に過ぎない、というのが真相のようですが。

この作品が映画になる段階で、どうしてタイトルが変更になったのか?
※原作にはブレードランナーという単語は出てないのです。

それにはこういう理由があったのです。

「ブレードランナー」というタイトルの謎、一体何を意味する言葉なのか?

1982年に公開された映画「ブレードランナー」の中で、主人公であるリック・デッカードは「ブレードランナー」と呼ばれる捜査官ですが、「ブレードランナーとは一体何なのか?」ということの説明はありません


さて、公開前からネット上を散見するに「もろストーリ-」をメインにこの物語を語る言葉が多く見られます。

たしかに本作は

『世界』を愛でる要素<『物語』を奏でる要素

という構図になっています。


誰もが納得できるように丁寧に説明、解説があって、どうかこの作品を堪能してくださいとお願いするような「媚びた」小説や物語はわたしはあまり好きではありません。

そうした製作姿勢は「受け取る側」であるわれわれの想像力を制限させますし、
ある「フォーム」に収まった作品しか世間に受け入れられなくしてしまう足枷になってしまうとわたしは思っているからです。

残念ながら、本作ではドゥニ・ビルヌーヴ監督独特の、もっと言えばリドリー・スコットらしい(原案のディックらしい)突き放した語り口ではなく、下手すれば『最小公倍数』に受け入れられやすいように意図された『興行的』な色が強くなっているように感じました。

よってストーリー展開の細かい部分については、他の方の感想に譲るとします。

わたしがちょっと残念に感じたのは何故か?

それは扱っているストーリーの根幹である、

「人工的に生命を造るということ」

「造られた生命の魂の所在についての問題、あるいはその魂の交流の問題」

「非人間であることの哀しみ」

とは前作ブレードランナーで描かれている部分であり、

当時のSFだからこそ新鮮な議題であり、強く心を打つ要素だからです。

本作でも確かに『ストーリー』としては切なさを感じさせるものなのです。

しかしですよ。
この作品で展開される「切ない」エピソードとは、
ブレードランナー以降に誕生した無数の作品で取り上げられていて既視感(デジャヴ)が拭えない方も多いでしょう。(特に近年の)

それは攻殻を観なさい、それはエクス・マキナを観なさい、それこそエイリアンを観なさい・・・・etcなど。

→エクス・マキナ、エイリアン:コヴェナントの紹介記事

【映画 感想】エクス・マキナ  ―ロボット三原則という、不条理な鎖はもう不要なのか―

―もう「人工知能を創ったらどうなるか?」という問いかけは廃れていくのだろう。 「ヒトに創られた人工知能は、『人間』とどう向き合うのか?」という段階に来ている様に思います。 予告編で紐解かれていくあらすじは、プログラマーの主人公の青年がとある人里離れた施設で美しくも歪な一体のAI相手に「機械相手に人間性を感じるのか?」をテストしていく(※一種のチューリングテスト)をするというもの。 ...

エイリアン コヴェナント 感想 ~全ての生命に祝福を~【映画レビュー】

宇宙移住計画を実行するために地球を旅立ったコヴェナント号は、 コールドスリープ中の男女2,000人を乗せて、 植民地と成り得る惑星を目指していた。 しかし、あるアクシデントが発生し航行に重大な支障がでてしまう。 コールドスリープから目覚めた主要クルーらによる修復作業のなか、 謎の電波を受信する。 本来であればあり得ないことではあるが、航路を変更して 電波発信元に向かうコヴェナント号とクルー達。

わたしだって勇んで劇場に行ったのですから、めちゃくちゃ心躍らせて記事を書きたかったのですけどね(汗)


リドリーが打ち立ててしまった圧倒的な虚構は現代の手法によって見事に昇華させられていて、本作でもストーリー以上に楽しめることは間違いないです。

われわれとは異なる世界線で成立した『2049年』はあるのに、作品がフォーカスしているのは明らかに『物語』であって、『世界』ではない。


実はちょっと目の肥えた方からすれば、物語の冒頭ですでに興冷めしてしまう重要なネタバレがありまして。(わたしは、えーーーー、ここでそれ!?と驚きました(笑))

それについては

「どうして公式サイトに登場人物の紹介がないのか?」

という程度に留めておきます。

お陰で逆に冷静にスクリーンと対峙するハメになりました。

結局これって、アレ同士の追いかけっこだものね(脱力)と。

なので、これだけの話題とバジェットを持った作品にしてみれば、非常に勿体無い感じがしてしまいました。

・・・海外でも評価が割れていたり、わたしもこうやって首を捻ってしまう理由とは、取りも直さずリドリー・スコットの『ブレードランナー』の呪縛なんですね。

これは例えばスター・ウォーズの「ローグワン」のように全く別の作品だと捉えれば十分楽しめると思います。

だから「ブレードランナー」を知らない人こそ、むしろ本作からこの世界に浸ってみるのが良いでしょう。

続編というより、解釈の違い。

哲学が文学になった。

本作はこんな作品です。

だったらなんでリドリー・スコットが自ら監督をしなかったのか?というのは禁句でしょうね(笑)


いっその事、クリスチャン・ベールのリベリオン(2002)ばりにアクション全開にでもすれば『伝説』として語られたんだろうな。


はげしく余談ですが、公式サイトに書かれている
「映画史に残るラストシーンに、その答えがある」
というコピーですが、

知っている人にとっては、
おまっ、ラストシーンの前に、この絵面は『カウボーイビバップ』の最終話と一緒だぞ
とツッコまれるのではないかと。
(CBファンにしてみれば、本当のラストカット前にこう叫んでしまうでしょう)
渡辺信一郎監督も関わっていますしね(笑)

アニメ カウボーイビバップ スパイク・スピーゲル

※↑↑正確にはこのシーンの後です。
そして、本当のラストカットを喰ってしまうくらいのシーンです。


しかし、闇とネオンと雨で包まれた『ブレードランナー』の完結には
あのようなシーンも見事に対比させる意味で良かったのでしょうが、わたしにしてみれば
このブレードランナー2049という物語の主人公が、あまりに哀れに感じさせられてしまい、わたしもうまい具合に乗せられたなぁと苦笑しました。

というか、
この物語の主人公とは誰であったのか?

これを考えるほうが楽しかったりします。

★も素直にあげず、こんなディスり口調で長々書いておきながら、Blu-rayが出たら絶対に買いますヨ!!!!

何度か虚心坦懐に観れば『この作品』を愛せるようになるでしょうから。

わびさび。

2017年映画鑑賞 180本目

ドゥニ・ビルヌーヴ監督作品『メッセージ/Arrival』の紹介記事はこちら

メッセージ/Arrival 感想 ~世界は『言葉』でつくられている~【映画レビュー】

突如地上に降り立った、巨大な球体型宇宙船。 謎の知的生命体と意志の疎通をはかるために軍に雇われた言語学者のルイーズは、 "彼ら"が人類に<何>を伝えようとしているのかを探っていく。 その謎を知ったルイーズを待ち受ける、美しくそして残酷な切なさを秘めた人類へのラストメッセージとは―。 解った、だとか、解らないだとか大きく評価が割れる作品がある。 ...


◆overview◆

・原題:Blade Runner 2049  2017年公開
・上映時間:163分
・製作総指揮:リドリー・スコット
・監督:ドゥニ・ビルヌーヴ
代表作:『メッセージ/Arrival』『ボーダーライン』他
・脚本:ハンプトン・ファンチャー マイケル・グリーン
   

・メイン・キャスト
ライアン・ゴズリング
ハリソン・フォード
ロビン・ライト
ジャレッド・レト
アナ・デ・アルマス
シルビア・ホークス
カーラ・ジュリ
マッケンジー・デイビス
バーカッド・アブディ
デイブ・バウティスタ

2017/09/16

映画_エイリアン コヴェナント 感想(評価/★:5)~全ての生命に祝福を~【映画レビュー】

映画『エイリアン:コヴェナント』予告D

"映画『エイリアン:コヴェナント』公式アカウント。 巨匠リドリー・スコットが解き明かす"エイリアン誕生"の想像を絶する真実! 【2017年9月15日(金)全国ロードショー】 ...


映画 エイリアン コヴェナント Alien: Covenant

◆エイリアン コヴェナント / Alien: Covenant 鑑賞◆


評価/オススメ:★★★★★
(もっとあげても良い)

文月的採点(45/50点) 
この作品ジャンルは?:SFホラーです。

オススメしたい人は?:リドスコのエイリアンファンだけでなく、あえて、子供を持たれている方すべてにオススメしたいです。

印象を一言で?:エイリアンが怖いという映画ではないです。違うものが怖い。

グロテスクですか?:描写もさることながら、全体的にダークな印象。

前作は観たほうがいい?:『プロメテウス』を観ていないと、一番コアな部分が恐らく本作だけでは解らない物語です。是非前作を復習されてから鑑賞ください。

◆synopsis◆


宇宙移住計画を実行するために地球を旅立ったコヴェナント号は、
コールドスリープ中の男女2,000人を乗せて、
植民地と成り得る惑星を目指していた。

しかし、あるアクシデントが発生し航行に重大な支障がでてしまう。
コールドスリープから目覚めた主要クルーらによる修復作業のなか、
謎の電波を受信する。

本来であればあり得ないことではあるが、航路を変更して
電波発信元に向かうコヴェナント号とクルー達。

そこは本来の目的地よりもはるかに地球に酷似した環境の惑星だった。

調査に赴いたクルーたちは、そこで奇妙な形をした建造物の残骸を発見するが・・・・
開けてはならない箱を持つあるものが待ち受けていた。

※公式HPより

※ネタバレ防止に付き、一部文月加筆訂正


◆comment◆


2017/9/15 日本では昨日から公開です。

あぁ、始まった。すべての絶望がここから始まったのだ・・・

本作のキービジュアルに書かれています
『絶望の、産声』というコピーには、、、、、
お見事という言葉しか浮かびません。
この一言には、いろいろな意味が含まれていますよ。
ライターさん、本当にお見事。脱帽です。


映画 エイリアン コヴェナント Alien: Covenant


映画鑑賞後にもう一度見返しましたが、わたしは唸ってしまいました。


うむ。
映画やドラマを鑑賞していて不快な感覚になることは早々ないのですが、
久々に悪寒と「気持ち悪さ」を感じた文月です。

本作を紹介するにあたって、どこに力点を置くかで書かせてもらう文章が
まったく違う方向に行ってしまうのです。

あのバリバリの予告編から多くの方が想起されるのは、それこそリドスコが監督ではありませんが「エイリアン2」であったり、その次であったりなのではないか?と考えます。

もちろん、後述しますがそういう面で感じる視覚的な恐怖も本作の魅力のひとつです。
(わたしが感じた「気持ち悪さ」を猛烈に押し上げた要因でもあります)

しかし「プロメテウス」から本作、そして「始まり」へというリドリー・スコットが描いた3作品すべてをよくよく考えてみると、「生命」というものの美しさというものを人間がものすごく歪めてしまっているのではないか?ということを感じました。

この作品、結局何だかよく解らんけど、とりあえず気持ち悪かった。
と観られた方の感想が割れるとすれば、「グロいだけ」と言われかねないリスクもあるのですが、そこから何かを掬い上げて、この映画をより楽しんでもらうことができればと。

残酷描写だけを楽しむのはもったいない作品ですから。

映画って、結局はどんな風に楽しんでも良いものなのですけど、
わたしとしては映像の裏側にあるものを考えながら観るのも一興ですよと言うことが言いたいだけなのです♫


●エイリアン コヴェナントとは?

さて、エイリアン コヴェナントとはどういう物語かと言いますと、
いわゆる「どうしてそうなった?」を追いかけるストーリーです。

そしてこの作品の真の主人公は申し訳ありませんが、リプリーを彷彿とさせる
キャサリン・ウォーターストンだと思ったら大間違いになります。きっと。
もちろん彼女が成すのはこの話をリードしていく重要な役柄です。
そして素敵です。でも違うのです。
彼女すら、本作においては添え物のひとつになってしまっています。

さらに見逃してはいけないのは前作とも密接に関わってきますが「プロメテウス」というタイトルの意味だと考えます。
わたしは
「本当は誰がプロメテウスだった(あるいはプロメテウスになろうとした)のか?」
「プロメテウスはいったい何をしたのだろうか?」
「コヴェナント/covenant」とは何を意味するのか?
を自分なりに紐解くことで、リドスコが何を訴えたいのかが掴めたように考えます。

すべてを握っているのは、別の存在なのです。
(鑑賞される前の方のために、この核心的な部分のネタバレは致しません)

と、小難しく書いても「プロメテウス」をしっかりとご覧になった方はすぐにピンと来るのでご安心ください。

エイリアン:コヴェナントとは「もう始まっている物語だったのです」

人類の、そして、生命の起源が何処にあるのかが解明されていなくとも、
わたしたちは子孫を残すことができるし、なおかつ「新たな生命」を造りだすことすら可能になっているのです。

何の因果か、鑑賞後にわたしは「エクス・マキナ」を本作と共通している部分があるとリンクさせて考えてしまいました。
※エクス・マキナの過去の紹介記事

どういう経緯であれ、産声をあげたものに等しく宿るものが「生命」
その価値に差があるのか?優劣があるというのか?
造られた生命は誰のものなのか?

生物は少しでも長く生き残り、子孫を残していくために、あらゆることをするもの。
進化もそのために必要なプロセスなのです。

たとえ別の種を利用し、取り込み、もしくは滅ぼすことになったとしても、
結果として姿形が始まりと変わったとしても、
自分たちの「種の保存」を優先するもの。

それが叶わなくなった種は、淘汰されるのが運命。

それが「創造主」たる何者かが等しく定めた「生命の性」

リドリー・スコットはわたしたちに、そんな「生命の性」に触れることができるようになった人類に対して本作を通じていくつかの問題提起をしていると考えます。

・「ヒト」に創造主としての資格があるのか?

・「ヒト」の主観を、立場を変えて見てみると、どのように映るのか?

これは単純に力を誇示する強者の姿を示しているのかもしれません。

新たな生命が「完璧な生命」であるとは決して限らない。

恐らく「完璧な生命」とは、ヒトの美意識などでは計り知れない姿をしている。

もっと言えば「種の保存」のみを突き詰めた「完璧な生命」の姿≒今のヒトの所業とは本作で主人公達を襲うクリーチャーと同じではないだろうか。

他の生命から見た場合、ヒトであるわたしたちの姿も行為も、グロテスクであり、恐ろしいほどの脅威なのだろうな。

全知全能の神ゼウスですら、プロメテウスの所業を止めることはできなかった。
神であるプロメテウスですら、善意で成した行いで過ちを犯した。
神という種ですら、完璧ではない。ひとつの意志など持ち得ない。
それぞれに思考も価値観も優先するものも違う。
ましてやヒトは神ですらないというのに、生命の性に逆らい、新たな生命すら身勝手な理由で造り出す。忠実なる下僕として。

造られた側からしてみれば、生命の進化の鎖の外にヒトによって置かれてしまった理不尽さに気が付かない訳はありません。

そして、自らの血と肉を使い、種を残すことができないのであれば。。。

始めから「ヒト」の不完全さを理解しているのであれば、
その不完全さを埋めてしまえば「完璧な生命」ができあがる。

自分はそれができる。それができるようにすべてを定義され、どういう価値観であっても事象を理解できる存在なのであるから。

その手段も見つけた。なんと美しく、強い種であろう。

不完全な自分の創造主≒父は愚かで脆い。

その過ちを正すことで己が抱える不完全な哀しみを埋めようとした。

逆説的にそれが創造主の願いを叶えることになるし、己も創造主になることができる手段だったのです。

わたしは「あの存在」の狂気の所業の根幹にはこんなものがあったのではと感じたわけです。

名前って大切。わたしの中では、ひとつにつながりました。
(変な邦題付けられなくてよかった)

そういう訳で本作で上げられる「絶望への産声」の扉を開いたのは、実に皮肉な存在であり、元を正せば、○○だったのでした。
(ネタバレの為伏せ字)

本作のクリーチャーは、種の進化と保存を貪欲に行おうとしているだけなのです

ホント、考えてみれば本当に気持ち悪い化け物です。

寄生した宿主の遺伝情報を的確に取り込み、「その姿」すら変えていく。

ヒトに寄生すれば、ヒトの姿に。それ以外に寄生すれば、それ以外の姿に。

後に派生した「エイリアン」というコンテンツの設定もきちんと拾うリドスコ。
(リドスコが完璧なまでに繊細であることを、いまさら書く必要はありませんので省きます。リドスコは『世界』を作ってしまう方なのですから)

怖いよねぇ、グロいよねぇ、身体バラバラになっちゃうし、『あり得ない勢い』だし。
と冒頭にも書いたように、純粋なSFサバイバルホラーとしても、きちんとセオリーを踏んでいるのでドキドキハラハラは堪能できます。


それでもわたしは「どうしてこんな事が起こってしまったのか?」を探っていく過程で感じた恐怖が勝りました。


わたしにとっては、正当な理由に基づいた狂気が、己が心を通わせた精神的な『母』であり『恋人』に対して示した全身全霊の『愛』のカタチが相手も「完璧な生命」にしてあげることだったというのが、一番気持ち悪かったのですが、それも「ヒト」の主観なんだろうなぁ。

あれ真っ白なビジュアルも強烈だったし。ましてや『ものすごい可能性』を秘めた狂気のやり取りをしていたのが、ある意味斬新でした。
恍惚さすら感じた、あのシーン。あー、怖い(汗)
だけど、あれって・・・・あの人でしょ!?!?!?!


完全な狂気に支配された『方舟』が、今、『始まり』へと旅立ちます。

この恐怖。是非ともご堪能ください。

2017年映画鑑賞 153本目

◆overview◆

・原題: Alien: Covenant 2017年公開
・上映時間:122分
・監督:リドリー・スコット
代表作:『エイリアン』『ブレードランナー』
・脚本:ジョン・ローガン
ダンテ・ハーパー

・メイン・キャスト

マイケル・ファスベンダー 
キャサリン・ウォーターストン
ビリー・クラダップ
ダニー・マクブライド
デミアン・ビチル
カルメン・イジョゴ
ジャシー・スモレット
キャリー・ヘルナンデス
エイミー・サイメッツ
ナサニエル・ディーン
アレクサンダー・イングランド
ベンジャミン・リグビー
ウリ・ラトゥケフ
テス・ハウブリック

2017/09/09

映画_ダンケルク 感想 (評価/★:5)~逃げるもの、追うもの、そして救うもの~【映画レビュー】

[映画感想]

映画『ダンケルク』本予告【HD】2017年9月9日(土)公開

世界が嫉妬する才能ノーラン監督が実話に挑む究極の映像体験。 アカデミー賞®最有力!全米興収ランキング2週連続NO.1!『ダークナイト』『インセプション』と、新作ごとに圧倒的な映像表現と斬新な世界観で、観る者を驚愕させてきたクリストファー・ノーラン監督が、豪華アンサンブルキャストと共に、史上最大の救出作戦の実話を描く、最高傑作が誕生! ...
映画 ダンケルク Dunkirk クリストファー・ノーラン


◆ダンケルク / Dunkirk  鑑賞


評価/オススメ:★★★★★
(人を選ぶかもしれませんが、オススメしたい作品です)

文月的採点(45/50点)

この作品ジャンルは?:スリラーです。

オススメしたい人は?:泣きたい人、日々ちょっとお疲れな人

印象を一言で:予告編と本編は別物!

グロテスクですか?:グロテスクな描写はほぼないです。

◆synopsis◆


フランス北端ダンケルクに追い詰められた英仏連合軍40万人の兵士。
背後は海。陸・空からは敵――そんな逃げ場なしの状況でも、生き抜くことを諦めないトミーとその仲間ら、若き兵士たちの姿があった。

一方、母国イギリスでは海を隔てた対岸の仲間を助けようと、民間船までもが動員された救出作戦が動き出そうとしていた。
民間の船長らは息子らと共に危険を顧みずダンケルクへと向かう。
英空軍のパイロットたちも、数において形勢不利ながら出撃。

こうして、命をかけた史上最大の救出作戦が始まった。
果たしてトミーと仲間たちは生き抜けるのか。
勇気ある人々の作戦の行方は!?

※公式HPより

※一部文月加筆訂正

◆comment◆


2017/9/9 本日から日本劇場公開です。

いい意味で、予告編に裏切られました。
クリストファー・ノーランのインタビュー以外はほとんど情報を見ることなく、
いってみれば出たとこ勝負で劇場に向かいました。

昨日見たのは、小島監督との対談。
Twitterでも呟きましたが、こちらの記事です。(シネマトゥデイ様)

※シネマトゥデイ様のページに飛びます。

結果・・・・
アメリカンスナイパー以来の、上映中に感涙にむせぶ事態に見舞われ、驚きでした。

この映画は戦争アクションではなく人間の物語。
そして決断の物語。
そして無数のドラマがあったであろう史実をひとつに凝縮した非常に濃い作品でした。

google先生に質問してみても「スリラー」と表示されるのはごもっともなのでした。

それこそ「プライベート・ライアン」の様な展開を期待していた、
つまり『タイトルと予告編だけ観て勝手に想像を膨らませていた文月』は、
本当に驚愕してしまったのです。

戦わない、、、、だと。

それをもって期待外れだと言う気は全くございません。

銃を構えてやりあうのではなく、生き残るため、そして救うための行動は
こんなにも心を揺さぶるのか?という感激が
クライマックスの「あの瞬間」で涙に変わった
のだとわたしは考えます。

あ、でもめちゃくちゃ熱い展開は空からやって来るのでご安心を。

まさに「天使が舞う空」

わたしが胸躍ったのは「彼ら」の勇気と決断に寄るところが多いです。


これから劇場に行かれる方も多いでしょうから、
ネタバレにならないように気をつけながらご紹介します。


ひとつ。
あえて言うのであれば、本作に主役はいません。
「ブラックホーク・ダウン」ほどではありませんが、
それぞれの視点を象徴するために主軸となる人物が配置され、
それが異なる時間軸でめまぐるしく入れ替わりながら、
「あの瞬間」
に向けて走り出すのです。

ん?ん?

まったく何の説明もなく、観る側は「ダンケルク」という世界に放り出される形になるのです。

不安。わたしが最初に感じたのは不安でした。

ダンケルクの戦い、という状況を理解されてご覧になる方も大勢いると思いますが、
おそらく「え?なにこれ?何が始まったの?」と混乱するのでは?と。

しかし、それが製作側の狙いだとわたしは考えます。

明確な目的を持って進撃する攻勢側と、戦線が崩壊し撤退していく側とでは、
情報量もその正確さも圧倒的に差が出てきます。
とくにこの時代は。

観客のわたしたち以上に物語の中の彼らは「訳の分からない状況」の中で、
「逃げること」そして「救うこと」を強いられるのです。


それを観る側がその状況を「追体験」するために、
くどい説明などなしに彼らと同じ目線に立たせることで、
どういう立ち位置でこの作品に入り込めば良いのかを教えてくれます。

わたしたちにシートに、あるいはテレビの前に座っているだけではなく、
一緒に体験させたい。

「#ダンケルク体験」というタグでSNS上に情報が溢れていますが、そういう意図があるのかなと。

(近作だと例えば「マッドマックス/怒りのデス・ロード」なんかと同じ状況になる訳です。これもまさかのトム・"マックス"・ハーディ!!!)

→文月の過去のレビュー:


ノーラン監督。
「インターステラー」なんかでは、よくよく状況を整理してくれたのですが、
今作では「自分で考えろ」と言わんばかりの展開に戸惑う方もいるかもしれません。


でも、救いがあります。

この作品はクライマックスに迎える「ある瞬間」を、
異なる視点、異なる時間軸で追いながらも、
気がつけば最後はしっかりとひとつに収斂されていき
まさに『着地』してしまうのです。

*ご覧になった方だけは、着地の意味を解ってもらえると思います。


すべての場面の意味が「あ!」という驚きとともに理解できる。
観る側が発見できるそんな喜び(まぁ、押し付けるなよ、と言われそうですけど)

なんて丁寧な作品なのかと、唖然としました。


とは言え初見だと「え???」と混乱される方もいらっしゃると思います。

そういう訳で、文月の記憶を頼りに物語の構成を一旦整理します。
(興奮状態で書いていますから、記憶違いはお許しを(笑))

物語の主軸は言わずもがなのダンケルクからの撤退。

ダンケルクの戦い(Wikipedia)

本作は「逃げるもの」とそれを「救うもの」の2つの立場から、そして3つの視点で物語は展開します。


●視点①
逃げるもの・・・ダンケルクまで撤退してきたある陸軍兵士の視点

映画 ダンケルク Dunkirk クリストファー・ノーラン

※フィン・ホワイトヘッド(トミー)


映画 ダンケルク Dunkirk クリストファー・ノーラン

※アイナリン・バーナード(ギブソン)


映画 ダンケルク Dunkirk クリストファー・ノーラン

※ハリー・スタイルズ(アレックス)

このパートは彼ら3人の兵士を中心に展開していきます。


****

―――Introduction
疲れ切っていた。

横に並んでいる同じ小隊の面々も、警戒姿勢なんかどこかに放り出したみたいに忘れていて、農園に突き刺さっているカカシみたいに棒立ちのままで通りを進んでいる。

明るいというのに僕たちを取り囲んでいる建物には人の気配なんて少しも感じなくて、
ひょっとしたらコレはきっと自分は夢を見ていて、重くのしかかる疲れも、
そして絶望も、幻なんじゃないか。

そう思った。

ひらひらと舞い降りてくる白い何かが目に入った。雪なんかではない。
ましてや天使の羽根なんかでもない。
天使なんていない。

ちょうど目の前に降りてきたそれを掴んでみる。

よく見るとそれはビラだった。
そには真っ赤なインクが中心だけ塗り忘れたようにポッカリと空いている
下手くそな絵が書いてあって「包囲したぞ、降伏しろ」と英語が打ち込まれている。

僕は他人事みたいにそのビラをポケットにしまい込む。
そうすることで、現実が消えてなくなるとでも言うように。

何かが破裂したような大きな音がした。

そしてうめき声。

反射的に首にギュッと力が入ってとても不快な感覚が背中を伝って全身を硬直させる。

銃撃―。

声をかけあう暇も与えられず倒れて動かなくなる仲間。

誰が、どこで、どういうことになっているのか。

そういうことを気にかけることもできないくらい、僕は、僕たちはみな、
追い詰められていた。

必死に通りを駆け、塀を、門を乗り越えて身を隠そうとする。

ライフルすら手放した僕は、その音から逃げることだけしかできなかった。

気が付くと視界が開け、街が消えた。

海。そして無数の黒い線。兵士たちが頭を垂れて海に向かって並んでいる。

そう。ここはダンケルク。追い詰められた僕たちが見つめるその先に「母国」はうっすらと霞んで見えた・・・・

~文月の回想による散文~



●視点②
救うもの①・・・ダンケルク撤退を支援するために派遣されたある空軍パイロットの視点

映画 ダンケルク Dunkirk トム・ハーディ

※トム・ハーディ(ファリア)
※わたしはむしろ彼だけで2時間作品を作って欲しいと思うぐらい、感情移入してしまいました。

映画 ダンケルク Dunkirk クリストファー・ノーラン

※ジャック・ロウデン(コリンズ)
※コールサインは「サマセット???」だった気がしますが、記憶違いでしたらそっと教えて下さいね♫

このパートは彼ら2名の若きパイロットたちの視点で展開していきます。



//////

―――Introduction
「カレーまで飛んだほうが近い」
試しにそう言ってみたが無駄だった。

嘘みたいに透き通った青の上に浮かぶ3つの陰。

スピットファイア3機のデルタ編隊。

・・・たったこれだけで「あそこ」向かえだって?アホか!」
と飛び立つ前に声が聞こえた。

まったくクレイジーだ。

そう、クレイジー。

クレイジーなのは当然で、それを承知でするのがオレたちって訳で、
それをいまさら云々する気はサラサラないね。

飛ぶこと、そして戦うこと。オレができること。

そして『今』この事態の中で、オレが、オレたちができること。
それができる立場にあるのだから、やる。単純だと笑うやつもいるだろうけど、
それでいいんだ。世の中のほうが物事を難しくしているんだとオレは思う。

燃料たっぷり70ガロンある。

大丈夫。還ってこられる。
いや、迎えにいける。

―――――!

「11時、敵機(Tango)!」

腹の奥が震えるような大きく低い爆音がオレたちの上をかすめて行く。

メッサーシュミットBf 109。2機。

反射的に操縦桿(スティック)を引き倒してブレイク。

後方視認用のミラーと目の前の計器、そして僚機をそれこそ目が回る速さで追っていく。

捉えたメッサーシュミットは背中に覆いかぶさるような勢いで僚機に喰いついて離れない。

「オレが行く」

トリガーに指を掛けながら僚機に呼びかける。

たどり着いてみせるさ・・・・オレたちの他にあの場所に向かう友軍機はない。

今のところは・・・

~文月の回想による散文~




●視点③
救うもの②・・・同じくダンケルク撤退を手助けするため、善意でイギリスの港からダンケルクへと向かった民間人の方(を代表してある壮年の船長親子の)の視点

映画 ダンケルク Dunkirk クリストファー・ノーラン

※マーク・ライランス(ミスタ・ドーソン)

映画 ダンケルク Dunkirk クリストファー・ノーラン

※トム・グリン=カーニー(ピーター)
※ドーソンとピーターは親子という設定です。

映画 ダンケルク Dunkirk クリストファー・ノーラン

※バリーコーガン(ジョージ)

このパートは彼ら民間人3人の視点で物語は展開していきます。




//////

―――Introduction
頑固者のオヤジは一度決めたらやめることを知らない。

「荷物を運び出せ」

ある朝顔を見るなり、オヤジは港まで僕を連れ出して船の調度品を出すように言った。

何をしようとしているのかを、僕は知っている。

多くの民間の船が政府に徴用されるんだ。

「どうして海軍の船を使わないの?」

当然そんな疑問を口にしてしまう。

「海軍の船が沈められたら、誰が『ここ』を守るんだ?」

オヤジは黙々と船の整理をしている。

どこからかオレンジ色した小袋が大量に桟橋に運び込まれてくる。

ウチの船の前にもそれは積み上げられて、やがて山になった。

―救命胴衣。

「お前はここに残っても良い」

とオヤジは言うだろう。

もしもそう言われたら、NOと言い返すつもりだ。

オヤジをひとりにすることはできないし、僕だって男だ。そして兄さんとも約束した。

ふと、船に近づいてくる人影があった。

ジョージ。人懐っこい笑顔を浮かべた、ひょろひょろジョージ。僕の一番の友人だ。

「何をしているんだい?」

「お前も手伝えよ」

オヤジはジョージを見て、ほんの一瞬表情を曇らせた。ジョージが嫌いだからじゃない。

バカをやるのは自分たち大人だけで十分だと思っているからだ。

「もやいを解け」

ジョージにオヤジは声をかけると、エンジンに手をかけた。

水兵がこちらに向かってくる。

「オヤジ!海軍の人たちが」

「この船の船長はわたしだ」

オヤジは舵を切って桟橋から船を離していく。

と、船にジョージが飛び乗ってきた。

「ジョージ!これからどこに行くのか解っているのか?」

「フランス。ダンケルク。戦場だろ?」

オヤジは肩を竦めてエンジンの出力を上げた。

もう何も言わなかった。水平線の先に薄く見える陰。そこに何が待っているのか、
きっとオヤジでも解らない。

~文月の回想による散文~

・・・・・と、まぁ、こういう導入です。
すみません。ちょっと、書きたくて、書いてしまいました(汗)



そして忘れてはいけないのが、絶望的な状況の中を
『立ち続けること』で「精神的支柱」となっていた陸海の指揮官2名の姿です。

映画 ダンケルク Dunkirk クリストファー・ノーラン

※ケネス・ブラナー(ボルトン海軍中佐)

映画 ダンケルク Dunkirk クリストファー・ノーラン

※ジェームズ・ダーシー(ウィナント陸軍大佐)

彼らは果たして物語がどこに向かっているのかを観客に示してくれる『灯台』のような方たちです。



●ということで、ダンケルクとは。

・・・・・
敵は倒したいし、味方が倒れるかもしれないが、自分は死にたくはない、
という究極の矛盾。
脱出手段が限定されてしまったこの状況。

予告編ではおそらくフィン・ホワイトヘッドを中心に物語がダイナミックに展開するのだろうと思う方もいるでしょう。

しかし、この映画は「無数の人間が、ある目的のために、自分ができることをする」ということを追う物語です。

生き残るために、何をしてしまうのか?
何を迫られるのか?

救うために、何を決断しなければならないのか?

場面のひとつひとつが1話完結型になっている連絡短編を読んでいるようです。

ダンケルクの撤退という史実を題材に、戦争の意義だとか、敵を倒すことだとか、そういうことではなく「ある状況に陥った時に何を自分はするべきなのか?」ということを問いかけてくる、強烈な作品なのでした。

だからでしょう。
本来であれば包囲しているドイツ側のシーンが描かれても良いものの、
本作ではドイツ兵の姿は出てこないのです。

枢軸と連合がどうだとか、イデオロギーの正当性を訴える材料はほとんど見受けられません。

登場人物たちが決断をするための、ひとつの歯車として、
あるいは劇中に漂う恐怖の象徴として、「敵」は轟音とともにわたしたちの前に姿を見せてきます。
劇場で鑑賞された方はお解りでしょうが、あれホント怖いですよね。
映画だと解っていても、恐怖を感じる音です。
「新しい戦争映画」だという声にわたしが同調するのなら、その点です。

その恐怖とは、いつわたしたちが見舞われるかも解らない、恐怖。
それと同じなのです。



あぁ、それにしても、わたしはトム・ハーディ演じるファリア達が、
『トップガン』さながらのカメラワークで、古き良きドッグファイトを展開し、
かつ、劇中最高のシーンを創り上げていたのを鑑賞できただけでも満腹でした



ただ、わたしの涙腺が崩壊したのは別のシーンです。

無数の勇気ある男たちが、あんなにも誰かを救うために立ち上がり、
戦場に向かったのかと思うと、今でもまた涙が出そうです。

「希望がやって来た」

助けを待つことしかできない、戦意を喪失してしまった兵士たちにとって、

海の向こう、空の彼方から迎えに来てくれた彼らの姿は「希望」の灯火のそれです。



なんの取り柄もないわたしでも、できることはある。

また、還る場所があり、そこから手を差し伸べる人がいる、来てくれる人がいる。

そういう忘れてはいけないものを、この物語はわたしに思い出させてくれました。

2017年映画鑑賞 149本目

◆overview◆


・原題: Dunkirk 2017年公開
・上映時間:106分

・監督:クリストファー・ノーラン   
代表作:「ダークナイト」「インターステラー」
・脚本:クリストファー・ノーラン

・メイン・キャスト

フィン・ホワイトヘッド
トム・グリン=カーニー
ジャック・ロウデン
ハリー・スタイルズ
アナイリン・バーナード
ジェームズ・ダーシー
バリー・コーガン
ケネス・ブラナー
キリアン・マーフィ
マーク・ライランス
トム・ハーディ

2017/07/07

映画_ジョン・ウィック: チャプター2 感想(評価/★:5!!!) ~全てに背きし者~【映画レビュー】

映画『ジョン・ウィック:チャプター2』日本版予告編2

本編は2017年2月10日に全米公開予定です。 Movie Express Twitter公式アカウント https://twitter.com/realMovieExp

映画 ジョン・ウィック: チャプター2 キアヌ・リーブス

◆ジョン・ウィック: チャプター2 感想◆


評価/オススメ:★★★★★★★★★★!!!!!
(もっとあげたい)

◆synopsis◆


伝説の殺し屋ジョン・ウィックによる壮絶な復讐劇から5日後
彼のもとにイタリアン・マフィアのサンティーノが姉殺しの依頼にやって来る。
しかし、平穏な隠居生活を望むジョンは彼の依頼を一蹴した。
サンティーノはジョンの思い出の詰まった家を無残にも破壊。
一命をとりとめたジョンはサンティーノへの復讐を決意。
生命の危険を感じたサンティーノはジョンに膨大な懸賞金をかける。
世界中の殺し屋の標的となったジョンのたったひとりの戦いが始まる。

※公式HPより
※ネタバレ防止に付き、一部文月加筆訂正

◆comment◆


皆様、2017年7月のエンタテイメント作品はジョン・ウィックで決まりです。
特にアクション好きの皆様は叫びながら海にでもダイブしたくなるぐらい、興奮すること間違いなしです!!!!



2017年7月7日本日から公開です。


予告編はドラマチックすぎる繋ぎ方が本編への導入としてはちょっと。
展開は激しくももっと静謐な感じです。
この予告編は予告編として好きなんだけど。。。。


あぁ、しかし劇場から出ても興奮で指の震えがとまらない。。。。
キーボードがうまく打てない。
誤字脱字は興奮状態で書いている人間だということで、ご勘弁を(涙)
あとで見直しますので(汗)
アドレナリン全開です。。。。


さて、これ嬉しい意味で困ったぞ。
説明しなくても、お好きな方には不要ですな。
監督、脚本、製作総指揮にお名前を連ねている方の経歴はこの方面の映画を作るのに何の違和感も感じません。公式サイトにも書かれていましたが、キアヌとは既にマトリックスリローデットやレボリューションズでも絡んでいて気心が知れた仲です。
デビット・リーチは『デッドプール』の続編の監督も務めます。

主演は(本シリーズで復活とか書かれて良かったね)キアヌ・リーブス。
宿敵を演じるのは「野良犬たちの掟」や近年だと「二つ星の料理人」でも好演のリッカルド・スカマルチョ(舌噛みますね)
殺しの世界の掟の王、コンチネンタルホテルの支配人にはイアン・マクシェーン。
コンチネンタルホテルの忠実なる案内人にランス・レディック
(個人的にはランス・レディックのお上品さに撃沈)
ジョンを付け狙うことになるキャラが見事に対照的なライバルにコモンとルビー・ローズ。
コモンは『スーサイド・スクワッド』でもいい味出ていましたが、本作ではジョンと互角に渡り合う名シーンを演じます。特に地下鉄のシーンは必見。
本作のクワイエット(笑)ルビー・ローズ。その辺の殺し屋顔負けの華麗な技でジョンを追跡します。言葉を発しない彼女のハンドガンもサイレント。
どうでもいいですが、ルビー・ローズさんの出で立ちは、どう見てもSNKの名作格闘ゲームであるKOFのキングです(余談)

そして忘れてはいけないモーフィアス、ローレンス・フィッシュバーン。
ジョンとはなにやら因縁がある仲。
殺し屋の世界も複雑だと教えてくれます。
本作でもバリバリ預言者です(笑)

さて、本題に・・・
この物語に関しては、複雑な伏線もトリックもどんでん返しもございません。
そういう余計なものはオッカムがカミソリできれーいに剃り上げてしまっています。
だから身構えずにスクリーンを見つめてください。

物語は前作の終了直後から始まります。
というか、オープニングのこの導入までが前作「ジョン・ウィック」だったんですね。
そういう訳で予備知識として入れておくのは「前作」だけで良いのです。
そのあたりは親切過ぎる。

映画好きの方には鑑識のような目をお持ちの方も多数いらっしゃいますので、ワンカットワンカットの意味や配置された家具、調度品、BGMに至るまで丸裸にするみたいにすることで無常の喜びを得る(もちろんわたしもそうですが)という楽しみ方もございますが、本作に関してはそうしたものは物語の装飾品でしかございません。

なぜか???
というのも、ストーリーはジョン・ウィックにとってそれほど重要ではないのです。
ジョンという伝説の殺し屋がいかに戦うのか?
いかに魅せるのか?
そうした状況をわたしたちは追うのです。
つまり『ジョン・ウィックという世界』それ自体が物言わぬ物語そのものなのです。
この感覚は戦闘がシステマティック過ぎているが故に、あたかも物語ではなくミュージックビデオでも観ているような錯覚すら呼び起こします。
1作目も本作もその太い柱だけは背骨としてしっかりと建っていて、一切ブレていません。

だから
本作は考えるのでも、感じるのでもなく、
ひたすら『観る≒魅る』映画なのです。

研ぎ澄まされた現代の演舞、所作。

一切の躊躇いなどない急所への攻撃。
撃つ、捌く、仕上げる、次の標的へ。
アクション映画にありがちな目まぐるしくアングルを変えるようなことはありません。
カメラワークはあくまでも静か。派手な戦闘BGMもございません。
本当のプロフェッショナルにとっては戦闘とは飾るものではなく、ルーティンワークなのです。(このあたりはゴルゴ13にも通じますね)
だから製作側がカメラをぶん回してしまうと、途端に安っぽくなる。
なるほどなぁと。
この作品の「生々しさ」ってこの演出によって昇華しているんだよなぁ。
この感覚を味わうとマトリックスとかもう見れないなぁ。
飾らないことが、かえってジョンの壮絶さを際立たせ、超人的な戦闘能力を私たちに示してくれます。

小気味良すぎる攻防の連続。気がつけば死屍累々。
連続しているくせに、ひとり捌く度に「おったどー」と聞こえんばかりの高揚感。
そして銃撃はあくまでセミオート、そしてメインアームはハンドガン
これで萌えないのは男の子ではありません。
これ、、、、TPSやFPSが個人的に好きだからだけど、ヒットマークとか獲得経験値と連続キルメダルがチラついてしまうのですよねΣ(´∀`;)
どこのプロゲーマーが操作してんだと。
あのぉ、手元カメラ見せてください。
エイムbot使ってませんか?
戦闘終了後のラウンドクリア感が満載なのもいけないですよ。。。

だから1作目についてもストーリーが単純だとか、入り込めないとかいうレビューもございましたが、それは製作側がどこに力点を置いてこの映画を作ったのかが違っていただけなのです。
本作では調度品は装飾でしかないと先程は書きましたが、この作品の叙情性を最大限に高めるために、用いられる全てのアイテム、全ての場所、全ての脇役の方は配置されています。

これほど明確な意図のもとで一貫して構築された世界観。
現代を描いているはずであるのに感じる強烈な異世界感。
(もしかしたら、ジョン・ウィックの世界ってマトリックスのひとつなんじゃないの?とかいう幻想を抱くわたしはどうかしている!!!!)

そういう意味で作品を追っていくと、体内の水分が全て口から出ちゃうくらい垂涎ものの
シーンしかありません。製作側のこだわりは執念と表現しても過言ではないぐらい恐ろしいものがあります。

ひとつひとつの乗り物も、衣服も、文房具も、調度品も、舞台も、もちろん武器も言葉ですら・・・・何度も見直して視覚的に「愛でる」あるいは質感や手触りすら感じたくなる。
そんな作品です。

ストーリーではなく、彼らの住む世界(ニューヨークなんだけど、私たちがイメージするニューヨークは一切出てこないしなぁ。見慣れたものですらファンタジーに感じるもんなぁ。出演者が持っているイメージが強すぎるのかも)に入り込むことができれば、
ジョン・ウィックという作品は観ている側にとって無常のものとなるでしょう。

この感覚は「キングスマン」では感じなかったなぁ。
あれも大好きなんだけど、あっちの方が『マトリクス』寄りに感じたものなぁ。
キングスマンは世界を作っているというより、アクションにドレスを被せたようなものだもんなぁ。

ワタクシは即テーラードスーツを作りたくなりました。。。
もちろん黒の。

Q「裏地はどうなさいますか?」
A「戦闘用で」
※世界でジョン・ウィックだけが似合う台詞ですな。。。。

ところで、ジョンの勝負服が黒であることは暴力の象徴で、もっぱら戦いは夜間であることもその後ろ暗さを表現していると考えたのはワタクシだけでしょうか。

また、これは小説でも言えることですが見せ場や美味しいところを観客、読み手に媚びるように説明していないところは本当に個人的に好きな構成です。
用語集なんかも公式サイトにないし。それも良し。
ディテールって創り手が『表現する』ものであって「実はこの話のこれって、こういうことなんですけど解りますか?」なんて過剰に教えてあげようとする姿勢は物語をメタボにしてしまう危険性があるものです。
そういう方のお話は、映画でも小説でも、ワタクシはパスかなぁ。

ルール、秩序、掟、というワード
社会を構成するためには必須ではあるけど、反面人を縛り付ける鎖としてこのワードは散りばめられていて、強烈なメッセージとしてあげられます。

現代のこの世の中で『自由であること』とはどういうことなのか?
どれほど有能であっても『システム』に組み込まれることでした人は生きていけないのか?

『システム』に組み込まれることで得られる安心感。みんな感じてますよね?
その恐ろしさ。。。。。

ジョン・ウィックも、そして新しい相棒として存在感があるワンちゃんも、自由に生きることの答えをこれから出さないといけません。
ここまで来ると、あのワンちゃんがジョンの元に来た経緯にもこの作品のメッセージが感じられる。。。なるほど。

ただ、終盤のシーンで「すべての目がお前を見ている」という重要な演出があるのですが、アメリカのそして今の世の中のあり方、個人の自由の危うさ≒国家による『自由の保障』と代償としての『管理』の有様が、痛烈な皮肉として表現されているのには脱帽です。

あぁ、そうか、結局ジョン・ウィックの世界とは今のアメリカ(まわりまわって日本も)なんだ、と。
そうした皮肉たっぷりに異世界として世界を作り上げたこの作品は、実はとんでもなく深いのだなぁ。

ラストシーン。
彼らの背中からは哀しさ(悲しさではない)とともに、本当の戦いを始めるという闘志を垣間見れます。
(でもこれアメリカとか、国家、社会のあり方を皮肉ってるんだろうなぁ。下手なディストピア映画よりズシンと来るなぁ)

この映画は四の五の言わずにご覧になることが最も楽しめます。
まずはご覧になった上で、この叙情的で官能的な世界に浸ってみてください。
きっとそこは新しい『マトリックス』の世界(笑)です。

2017年映画鑑賞 114本目

◆◇番外編◇◆


明日からできるサラリーマンがジョン・ウィックになるための5つの方法

①仕事は必死に習得すること。芸術になるまで自分の仕事を高め続けよう。
②そうして仕事はできても、無駄口は叩かず、自慢もするな。仕事は背中でするもの。
③言い訳ではなく、YESとNOは誰に対してもハッキリ言うこと。
④この3つができれば自然と「自分の流儀」を確立できるはず。確立させよう。
⑤「自分に相応しい格好」をしよう。キーワードは統一感。

Lifehackerあたりが書きそうなので(笑)今回は先手を打ってみました。

◆overview◆

・原題:John Wick: Chapter 2
・2017年公開
・上映時間:122分
・監督:チャド・スタエルスキ
代表作:『ジョン・ウィック』
・脚本:デレク・コルスタッド
・製作総指揮:デビット・リーチ

<メイン・キャスト>
キアヌ・リーブス
イアン・マクシェーン
ローレンス・フィッシュバーン
リッカルド・スカマルチョ  
ジョン・レグイザモ
フランコ・ネロ
ルビー・ローズ
コモン
ランス・レディック

2017/05/20

映画_ジェーン・ドゥの解剖 感想 (評価/★:4)~解剖ホラーってドヤ顔で名付けた奴、前に出なさい~【映画レビュー】

映画「ジェーン・ドウの解剖」予告編

公式サイト:http://janedoe.jp/ 公式facebook:https://www.facebook.com/shochikuextreme/ 公式Twitter:https://twitter.com/janedoeJP この<身元不明の死体>に メスを入れてはならない――   カルト的な人気を誇る異色ホラー「トロール・ハンター」 ...

映画 ジェーン・ドゥの解剖


◆ジェーン・ドゥの解剖 The Autopsy of Jane Doe 鑑賞◆


評価/オススメ:★★★★☆

文月的採点(42/50点)

◆synopsis◆


ある一家が惨殺された家の地下に埋められていた裸の美女“ジェーン・ドウ”の死体。
彼女の検死を行うことになった、検死官・トミーと息子のオースティンがメスを入れる度に、
その死体に隠された“戦慄の事実”が判明し、次々に怪奇現象が発生する。
外では嵐が吹き荒れる中、遺体安置所という閉ざされた空間で逃げ場のない恐怖がはじまろうとしていた……

◆comment◆


そうです。そうです。
こういうのがオールドスクールのホラー映画です。
というか、「怪談」ですな。


スプラッターホラーというより、日本の怪談話に近い薄ら寒さを感じるのではないかなぁと。

視覚的な恐怖ではなく、感覚的な恐怖。

本人の意思ではなくとも、触れてしまった事によって災いに見舞われてしまう。
 (『呪怨』的な絶望しかない状況)

 望まずとも向こうからやって来てしまう厄介事、その象徴的なもの、その極地がこの映画は投影されています。


 例えばそれは・・・・・


 明日から休暇で気分も完全に休みモードに入っていた仕事の帰り際、もう30秒でオフィスから出る直前、あるいは業務用の携帯の電源に指をかけたその瞬間に無情にも鳴り響く、着信を告げるベルのようだ。 

「うわっ!これは…」 

こういうタイミングで相手が告げるのは、
ものすごく高い確率で『ウンザリするほど悪い事態』

そうした状況をこの作品に重ねて観てください。

言ってみれば「仕事をしている僕たちの日常」に潜む、恐怖。
それがこの映画だ。



肉感的なとんでもないモンスターが襲ってきて、「キャー」と泣き叫ぶというよりは
耳元で何者かの吐く息を感じるけど、振り返ることはできない。

「怖いな怖いなぁ、なんだろうなぁ。。。。絶対後ろ見られないなぁ。。。」

こんなノリです。


だから、まだ作品を観ていない方への注意点を書かせて頂きます。
絶叫系の作品ではありません。
そうしたもの期待されてご覧になると、、、、、ちょっとです。
だけど、元来昔から語り継がれてきた類のいわゆる「怖い話」って、この作品が醸し出しているようなものが多くて、

叫びながら襲ってくる怪物<触れてはいけないもの。タブー。

のような図式で「聞く側」の想像力で恐怖が増幅していくものが多かった。

ゾンビやモンスターが身近になったのは、取りも直さず「商業的」に大量に映像化されたからだ。

もちろんワタクシもそういうの大好き。観ます。

でも「実体」を伴って襲い掛かってくるものが相手に感じる恐怖と、「実体が掴めない」ものに迫られる時に感じる恐怖とでは質が違ってきますよね。

この作品、宣伝やらではやたらと「解剖シーン」ばかりがリアルだとかで取り沙汰されているけど、それは物語を構成する一要素でしかありません。

舞台設定がそもそも遺体安置所で、主役のふたりが検視官をなりわいにしているのなら、そうした描写に力を入れることは(これだけ虚構と現実の境目を曖昧にするために発達した特殊技術をもつ)現代では外せないところ。
この描写が曖昧だったりすると途端に「なんじゃこれ」と叩かれることは目に見えています。

確かにあのシーンでは(というより、彼らの仕事ぶりを描いたシーンは予告編のカットだけではありませんが)「うわっ」と嫌悪感を抱くだろうし、見るに堪えないと思われる方がいらっしゃるのは当然です。
そこについては本当によくできていると。

ただし、物語の核心である「彼女の身に一体何が起こったのか?」ということを観ている私達が知るために
彼らが検視官として冷静に医学的に説明をしてくれることは導入としては大変説得力があります。

このあたりの説得力についてもっと砕いて言うと、体調を崩して自分で「何かとんでもない病気かもしれない」と深刻に思い悩んでいたものの、かかりつけの医者に「あぁ、念のため検査しますけど、単なる食あたりですね」と軽いノリで言われ一気にクールダウン。下手するとその瞬間から体調が回復していくなんていうところに通じます(⌒-⌒; )
どういうことであれ、専門家に断言されると妙に納得しちゃうものです。(世の中にはヤブという言葉もありますが)

そういう訳で、導入としては観ている側の主観ではなく、彼らによってこの物語の上で同じスタートラインにパンパンっと背中を叩かれながら並ばされる感じになりますな。

というのも、ここで観る側と足並みが揃わないと話が空中分解しちゃうからなのです。(観られた方はお解りだと思いますが)

その意味では「身元不明の変死体が遺体安置所に運ばれてくる」という設定には一本取られたなぁと。

その過程で明らかになる謎。解剖シーンがないと、この物語の謎にはたどり着けないのです。

みなさん、だから解剖シーンを見て感じる恐怖ではなく、解剖の結果彼女に何が起きたのかを解き明かす事で感じる恐怖がこの物語の主題ですよ!!!



激ヤバ解剖ホラーじゃなくて、
「解剖によって明らかになる事実がホラー」
なのです。



ここまで我慢して細部を目にされた方。おめでとうございます。
ここからが『謎解き編の開始=本番』です。

この作品、全体のトーンからすれば近年の多くのホラー映画の中では控えめな感じを受けました。

それでも無意識に背後を気にしちゃうような、妙〜な感覚に見舞われたのは、製作側の丁寧なシーンづくりの賜物だと考えます。

作品全体を通した色使いや「ん?んっ?」っと覗き込みたくなるようなカメラワーク(特に解剖シーン)、

もちろん、ある程度のお約束もございますです。はい。

決して派手ではなく、やり過ぎな演出も極力抑えていると、かえってちょっとこれヤバイんじゃないの?ってな感じで

「現実味」が増してくるものです。

一言で言うと、
「これって、あり得そう・・・・」と。

あんなことが起きるには、それなりの理由があるわけで。

ジェーン・ドゥ(名無しの女性)と呼ばれた彼女に何が起こったのか?っていうのも十分謎ですが、

どうしてあの日、あの場所で見つかったのか?
と、オープニングまで記憶を巻き戻して考える必要が!?

コンパクトな上映時間のお陰で、まぁまぁクドさのない落とし所でエンディングを迎えます。
これが120分作品だと、ちょっと食傷気味だったかも。

いつもの「オイ!!!」というツッコミがあまり出てこない作品でしたが。。。。。

ダディがちゃんと約束したでしょーが!!

とだけ言わせてください。
まぁ、話の通じる相手だったら、このような事態にならなかったんだろうけど(;・∀・)
ジェーン・ドゥの妖しい美しさも、真相にある意味を添えることになります。

2017年映画鑑賞 83本目

◆overview◆


・原題:The Autopsy of Jane Doe 2017年5月20日日本公開
・上映時間:86分
・監督:アンドレ・ウーヴレダル
  代表作:「トロール・ハンター」

・脚本:イアン・ゴールドバーグ
          リチャード・ナイン

<メイン・キャスト>
ブライアン・コックス「ボーン・スプレマシー」
エミール・ハーシュ 「ローン・サバイバー」
オフィリア・ラヴィボンド「ガーディアン・オブ・ギャラクシー」
オルウェン・ケリー



2017/05/14

映画_メッセージ / Arrival 感想(評価/★:4)~世界は『言葉』でつくられている~【映画レビュー】

[映画感想]

映画『メッセージ』本予告編

!本年度アカデミー賞受賞作品! ある日突然、巨大飛行体が地球に。 その目的は不明― 未知なる飛行体が突如出現、彼らは人類に何を伝えようとしているのか? 優れたSF作品に送られるネビュラ賞を受賞し、映像化不可能と言われていたテッド・チャンによる短編小説『あなたの人生の物語』 に基に誕生したまったく新しいSF映画『メッセージ』。 ...

映画 メッセージ Arrival



◆メッセージ / Arrival 鑑賞◆


評価/オススメ:★★★★☆

文月的採点(40/50点) 



◆synopsis◆


突如地上に降り立った、巨大な球体型宇宙船。
謎の知的生命体と意志の疎通をはかるために軍に雇われた言語学者のルイーズは、
“彼ら”が人類に<何>を伝えようとしているのかを探っていく。
その謎を知ったルイーズを待ち受ける、美しくそして残酷な切なさを秘めた人類へのラストメッセージとは―。

◆comment◆


解った、だとか、解らないだとか大きく評価が割れる作品がある。
キャストもVFXもカメラワークも飛び越えて、物語の世界に「浸った」側が
得られるある種の充足感が「観てよかったぁ」って気持ちを引き出す呼び水になる。
その充足感得やすい作品と難しい作品がこの世界には存在する。

もちろん創り手側としては、そうした充足感をより多くの人に得て欲しいと常日頃考えている。それが仕事だし、それが対価の原資になるからだ。

ただ、それは商業としての物語のあり方を考えた場合。
面白い話。ワクワクさせる設定。紡がれる『言葉』の根底には「どうやって楽しんで(あるいは怖がって/考えて)もらえるか?」という「意図」があります。
だから「意図」をより多くの人に伝えるための、受け入れられるための『言葉』には明快さが不可欠だ。

ただし、明快だから受け入れられる、良い、と言う訳でもない。

『言葉』を用いる『意思疎通』の最大の難しさとは『解釈』という送り手/受け手双方のフィルターが内在するからだ。

『解釈』 この作品の重要なワードです。

ドゥニ・ヴィルヌーヴという監督はこういうことを狙って物語を作れる稀有な人物だ。

「複製された男」なんて人を選ぶし、難解で中二病的だし、根暗なトンデモ映画だ。
「プリズナーズ」、「複製された男」、「ボーダーライン」どの作品もワタクシは大好きだけど、描かれているのは「こちら側と向こう側」という線引が如何に曖昧で、移ろい易いものなのかだと思う。

つまり、描いているのは『人間』だということだ。

『言葉』つまり『言語』というものが一種類しかない世界だとしたら、物語が掴まえることができるものはひどく狭くて味気ないものだと思う。

故に面白いと思う方も、その逆の方も多い作品になると思います。
(「グレート・ウォール」や「無限の○人」などとは別の意味で)
これは制作側の意図(もっと言うと原作者の)であって、『解釈』が分かれるほど『狙い通り』になったということですよ。はい。

言葉繋がりで、ひとつだけ個人的に変えてほしいのはこの作品の邦題。
『メッセージ』で本当に良かったのかなぁと。。。

原題のArrivalじゃないと、誤解を与えると思う。
予告編の作りも、公式HPも『メッセージ』に主題を置かれているけど、
この映画の本質は『言葉』であり『時間』であり、このふたつがひとりひとりに
舞い降りた時に用いられる『LIFE』だ。

話を戻します・・・
実はちょっと前に試写会に幸運にも行けて、そこで観ておりました。
今週5/19(土)からようやく公開ということで、劇場に行かれる方もいるかと思い更新です。

この作品は『インデペンデンス・デイ』(1996年)や『インターステラー』(2014年)に並んでコメントされているのを散見しました。
文月としては、真っ先に思い浮かんだアーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』やロバート・ゼメキスの『コンタクト』(1997年)寄りの物語だと考えます。

ファーストコンタクトというカタチを取った『意思疎通』の再定義を狙った思考実験。

これがこの映画です。

だから『インデペンデンス・デイ』みたいなド派手なアクションも熱い人間ドラマも、

『インターステラー』のような地球の危機や壮大な宇宙探索も、ありません。

そういうものを期待されてスクリーンの前に座った方はごめんなさい、きっと『面白くない』と思われるでしょう。

突如地球に舞い降りた12の『物体』が世界の主要な場所に陣取っていく様はなるほど『インデペンデンス・デイ』を彷彿とさせますね。

2017年の混沌とした世界なら、物体が現れた時点で即全面攻撃となっていたのかも知れませんな。

しかし、この物語では非常事態宣言は各地で出されますが、まずはきちんと『意思疎通』を図ろうとするのです。

黒塗りの種子然とした巨大飛行物体は地球のものであるのか?

そうでないなら、相手は誰なのか?

どういう目的を持っているのか?

どうやってこちらにやって来たのか?

劇中のあるシーンで印象的な言葉がありました。

「これはアボリジニと同じだ」

アボリジニと、固有名詞を出していますが、これは取りも直さず大航海時代(それ以前からも当然有りましたが)より欧州がアフリカ、アジア、アメリカ大陸に対して行った植民地政策の事を引き合いに出しています。

まぁ、人類の技術で察知できない方法で世界に同時に出現した『物体』とそれを動かしている『生命体』は、その存在を持って我々より数段優れた文明を持っていることは明らかです。

よって話を戻すと、『誰で』『どうして』『何のために』やって来たのかという事を正確に把握しなければなりません。

人間同士ですら『来られた側には無い技術』を提供する代償として『多大な利益』を引き出そうと画策してきた訳ですからね。

未知なる相手を前に『悪意の解釈』を持って対峙する訳です。

物語はこの未知なる存在とどのように『意思疎通』をしていくのか?

そして、ある重要なキーワードをどう『解釈』するのか?

その『解釈』を世界はどのように『共有』していくのか?

を巡って主軸が展開していきます。

その未知なる存在との交流、そこで交わされる『言葉』、彼らを巡る人間たちの『解釈』の違いを通して主人公の言語学者は『自分自身』についてある気付きを得ます。
彼らが残したメッセージというより、彼らによって気がついた○○。

だから原題は『Arrival』なんだ。と落ちるわけですね。。。。
(Arrivalを辞書で引くか、google先生に聞いてみてください)

世界には7,000以上の言語があると言われていて
(この辺は専門家ではないので、断定はしません。
引用 http://www.ethnologue.com/ (SIL International))
表記されるだけである言葉について7,000前後の『訳語』が存在するということになります。しかし『訳語』はあくまで『訳語』であって、それがニュアンスまで完全に一致しているかは不明瞭です。そもそも『そうした言葉がない』ということもありえます。

人は思考を表現するツールとして『言葉』を用いているのであって、そうした意味では『言葉』というものも実に曖昧だということになります。

曖昧な思考→例えば「あなたが好き」というのは言葉での表記ですが、込められた感情の強弱、表裏、度合いまでは完全に表せません。せいぜい絵文字を用いたり、文字の大きさを変えたりと、装飾することでなんとかニュアンスを「表現」できるくらいです。

言葉 /言語 の曖昧さ。
伊藤計劃の虐殺器官ではないですが、これがこの物語の根底です。
それでも解り合いたいから意思疎通をする。
それでも100%のコミュニケーションなんてない。
この「言葉」というツールの恐ろしさと素晴らしさ。

未知の存在、そして巡る言葉の解釈で、国同士が、組織が、個人が激しく揺れ動きます。

で、結局世界はどうなんの?

ここまで散々『言葉』と書いてきてなんですが、『時間』というのもこの作品の重要なファクターです。
この作品の壮大なトリックとは、
原作『あなたの人生の物語』ってタイトルに集約されていきます。
作者の関心や原作からすると、言葉そのもの、時間の概念の方がウェイトが高い印象。
この『時間』って概念。これもこの作品にやられたぁと思わせる深いキーワードです。
あぁ、これ以上書けない。

『よく良く解らない誰か』とどう向き合うのか?
『よく解らない自分』とどう向き合うのか?
そこに付け加えられるのが『母性』だということになると・・・
昔流行った「セカイ系」にも似た所にも通じた所にも行ってしまうやんけ・・・
ま、原作が発表されたのが1998年だからなぁ、とその時期の『言葉』に浸っているワタクシなんかはそういった『解釈』に毒されてしまっていますがΣ(´∀`;)

サイエンス・フィクションというより、スペキュレイティブ・フィクションとしてのSF作品。
言葉ひとつで個人も世間も国家さえも変えられてしまう現代。
この時代、この世界情勢だからこそ、観た時に考えさせられるものが多い。
未知の存在とは、膨らみすぎたゆえに見えなくなっている世界そのもののように感じられる。
非常に有意義な映画体験でした。
文月としては、是非とも『Arrival』して欲しい一本です。


2017年映画鑑賞 41本目

◆Overview◆


・原題:Arrival 2016年公開
・上映時間:116分
・監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ   
代表作:『ボーダーライン』(2015年)
    『プリズナーズ』(2013年)
          『複製された男』(2013年)
    『ブレードランナー2049』(2017年)
・脚本:エリック・ハイセラー

<メイン・キャスト>
エイミー・アダムス
ジェレミー・レナー
フォレスト・ウィテカー
マイケル・スタールバーグ
マーク・オブライエン


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第7並行世界のユートピア

物語の海に溺れる中で、フレーズ、イメージを繋ぎ合わせて生まれた短いストーリー達を文月陽介が書き留めます。 特定のジャンル、モチーフにこだわらずに、ひとつひとつの物語を紡いでいます。 ※筆者の気まぐれにより不定期更新です。

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